ITリテラシーは学歴や現実の知識量には比例しないのだ

ビジネス雑記

先日20人くらいの大学時代の連れと飲んだが、色々面白いことが目をひん剥かせた。ITリテラシーについての大きな差異についてだ。

何かわからないワードが出ると、我々はすぐスマホで調べるだろう。しかし彼らはスマホを持っていながら調べない。しぶしぶ私が調べると、なぜ知っている?どうやって調べたのか?と絶賛される・・・。調べ方を知らないし、ちょっと調べれば答えが出てくることを知らないのだ。

インド人の旦那さん連れてきてる人がいた。当然会話は英語である。何とか片言の英語で皆しゃべるが、ちょっとむつかしいニュアンスなどが出たときには話が詰まってしまう。

こんな時役立つのがグーグル翻訳をはじめとする翻訳アプリ。しかし、ここでもグーグル翻訳を一度でも見た人は私のみ。節々どうしても伝えたい英単語があっても調べない。おそらく調べられることを知らない。

ものすごくクレバーで物知りな先輩が、なぜか未だにガラケー。同じく20人中5人がガラケーしか使ったことないという昭和人の集まり、、と言っても皆30代だけど。これでも名古屋の有名私大卒で、皆公務員やトヨタ系の仕事の人ばかり。中には商船三井とかの大物もいるのだが、ITというものには圧倒的に疎い。むしろ充実しており生活の満足レベルが高いからこそ、ネットなどに必要性や逃げ場を求めていないということなのか。

当然だけど、調べものしてる様をチェックしてると、何の疑いもなく一番上のPPC広告をクリック。低所得向けのサイトより、高所得向けのキーワードの方がPPCのクリック率が高いという話を聞いたが、こうした傾向も反映されているのだろうか。情報リテラシーと、現実のリテラシーは必ずしもリンクしないことを思い知らされた。高学歴知識人だからネット検索にも詳しいというのは間違いである。

ついでに私の仕事についての話にもなる。集まったメンバーの中で独立して会社を持っているのは私だけ。皆サラリーマンだけに、何で稼いでいるのかは興味の的になる。しかし、アフィリエイトという言葉そのものを知らない。怪しいかどうかも知らない。説明しても理解されず、電通の孫請けということにして場を収めた。一応広告代理業だから似たようなことはしているつもり。

ネットというものは広いようで、実際には現実の世界の中に内包されるだけの狭い世界。遅かれ早かれ、外を見ていくビジネスを展開していくことが何よりも堅実で必要なことであるということかもしれない。

あとはサラリーマンの会話は、必ず「年収」の話になるね。しかも、年収いくらないとやってけないとか不毛な話。高年収とりたいなら起業が一番と思うが、仮初めの安定という呪縛とのジレンマに打ち勝てない種族なのだ。自分の能力で稼ぎの額を決めるのではなく、勤めている会社のポテンシャルで稼ぎを測ってしまう。これは悲しいことだと思った。

独立して最もよかったのは、自らの未来を描いて行動できることだと再認識。成功しようが失敗しようが、自分で描くからこそそこに悲しみはない。同じだけのリスクと責任を負うならば、舵は自分で持っていた方が安心するのではないかと思う。順調な時も、転覆しそうなときも自分で決断を下せるから。

今年も目まぐるしくネット関係の界隈は変わる。知らないままに変化して通り過ぎていくものも星の数ほどある。すべてを追うことは現実的ではないが、自分にとって必要なものを必要な時に手元においていけるようにしていきたい。

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