【記事の役割】について思うところとか考えるところとか

ビジネス雑記

記事の役割ってなんだろうと、個人的に深く考えさせられる出来事がありました。

キュレーションサイトwelqによる、「死にたい」検索で出てくるページが一部のネット民を騒がせました。追い詰められて検索する人に、「転職サイトのアフィリエイトリンクへ誘導していた」として叩かれていたものです。

その後リンクは取り下げられたようで、詳しいことはITメディアさんの記事を読んでほしいのですが、結局記事の修正はしないということでマネタイズから手を引いたにとどまっています。

まあこの辺は運営してるのはDeNA社の裁量なので私がとやかくいうことではありません。

しかし、この件について少し思うことあって半日ほど考えにふけっていたんですよね。結局この記事を見た人にとってベストな答えは何であり、記事はどんな役割を果たすべきだったのかと。

私が思うところの最大の問題点は、「死にたい」と検索した人(ここでは本気で死にたいとまで追い詰められてる人と仮定)に対して、どんな情報を与えようともwelqにしろDeNA社にしろ解決してあげる能力がないという点に尽きると思っています。あくまでもネットメディアであり、カウンセラーでも医師でもない。

welqは他の記事でも叩かれていますけれど譲れる部分はあります。例えば何かしらの病気や特定の悩みに関しては、ある程度の答えというものがあって情報提供が一つの救いになることもあるでしょう。総合的にまとめられた記事に網羅性があり、情報を得る手間を省けるという点で役に立つ場合もあります。

ただ、今回のような答えなき深い悩みに、それこそ専門家でもない人間ができることは限られてくるでしょう。

そうした点を踏まえてこの記事の役割というものを考えれば、解決に導ける力を持った外部機関へどれだけスムーズに橋渡しを行えるかだけだと思っています。

外部専門機関へのリンクはあるにはありますが、クソ長い記事の一番下。メディア運営に携わる人であればこそ、ほとんどの人がここまでまじめに読むようなことは無いことは分かっているでしょう。答えなき道の最後の最後に導線があるのが理想的な姿であるとは思えません。

多様性のある個々のメディアとしての利点を生かし、訪れた人と対話をしながら、解決への橋渡しをする。有料無料問わず本当に訪問者にとって有益なものを教えてあげる。これができていたとするならば、評価も変わっていたのではないかというあくまで個人的な推測です。

これは私自身が運営するメディアでも同じことが言えますね。あくまで私の役目は解決に導くための橋渡し。

広告業という傍ら、同じように叩かれて仕方ないこともやっています。ある意味マネタイズだけを考えれば、どんなキーワードで流入したユーザーもキャッシュポイントへつなげる、貪欲な導線の敷き方は見習いたいとさえ思うレベルです。

一方で良心も狭間に見え隠れし、手が止まるときもある。止まってしまえばお金は発生しないし、綺麗ごとだけを書き並べても一銭にもならない。それでいてライバルにも勝たなければいけない。

稼ぐということを考えれば、振り切れたら楽なんでしょうけど、まだまだそこまでの境地に至らない甘ちゃんです。口ではいつも偉そうなこと言っておりますが、色々考えることもあるのです。

先日先輩アフィリエイターである「半農スタイルの舛さん」が書かれた記事も大きく影響を受けました。迷えるアフィリエイターの救いの一つになる記事です。

時間はかかると思いますが、収益と貢献(という自己満足)この2つを両立するためにできることを、サイトという形で作り上げていく。自分が満足できるようにやるだけです。

今日も明日も、息をするように記事を書く。疲れたら釣りに行く、「半漁スタイル」始めようかな・・・。

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